判例紹介:抑うつ状態のために退職し減収となったことを理由とする婚姻費用減額の申立てが却下された事例(大阪高決令和2年2月20日判時2477号50頁)

事案の概要

本件は,夫であるXが,妻であるYに対し,審判で定められた月額6万円の婚姻費用の分担金の減額を求めたものである。Xは,婚姻費用が定められた前審判後に抑うつ状態となり,それまでの勤務先を退職し,再就職も困難であると主張した。

原審である神戸家裁尼崎支部では,Xが再就職できたとしても,その年齢や精神状況,求職活動等の状況からすると,前審判当時と同程度の収入が直ちに得られるとは認められず,前審判が定めた婚姻費用分担額を維持することが実情に適さなくなったとして,婚姻費用分担金の額を月額3万円と算定し,この限度で減額を認めた。これに対しXは,原審における総収入の認定が誤っているなどと主張し,即時抗告をした。

判旨

本決定は,Xの退職が自らの意思によるものであったこと,退職直前の給与額が前審判時の給与額と大差ないものであったこと,退職後の行動(単発的なアルバイトに従事しながら衛生管理者の免許を得て,通信制大学の入学試験を受験して今後入学予定であること)からすると抑うつ状態のために就労困難であるとは認め難いことから,退職後現在に至るまで前件審判時と同程度の収入を得る稼働能力を有していると認めるのが相当であり,前審判が定める婚姻費用分担額を変更すべき事情の変更があったとは認められないと判断して,原審判を取り消し,Xの減額申立てを却下した。

コメント

夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する(民法760条)。夫婦の一方が,その分担義務を果たさない場合,他方は,婚姻費用の分担義務を有する。また,婚姻費用の分担義務は,夫婦が別居していても,原則として,法的婚姻関係が継続する限り,その効果として生じるものである。ただし,その(婚姻費用の分担を求める)請求権は抽象的なものにとどまるため,その具体的な分担額が夫婦の協議で決められて初めて具体的な請求権となる。その協議が調わない場合には,家庭裁判所に調停ないし審判を申立てることができる。

夫婦間の合意又は家庭裁判所における調停又は審判によって具体的な婚姻費用分担請求権が形成された場合であっても,その後の当事者の経済状況の変化などによって事情が変更した際には,民法880条の類推適用により,以前に形成された婚姻費用分担請求権を変更することができる。では,どのような事情変更が生じた場合に婚姻費用の分担額の変更が認められるか。一般論としては,①以前の合意・調停又は審判の前提となっていた客観的事情に変更が生じたこと,②その事情変更を当事者が予見できなかったこと,③事情変更が当事者の責めに帰すべからざる事由によって生じたこと,④以前の合意・調停又は審判のとおり履行させることが当事者間の公平に反する結果となる場合であることと整理されている。

本件は,上記①ないし④の事情を総合的に考慮して,事情変更があるとは認められないと判断した事例である。原審との結論の違いは,医師の診断書を安易に受け入れることなく,通院状況や診断後の具体的な事情を詳細に検討し,「抑うつ状態の持続から一般就労は困難である」という診断結果を否定したところにある。当事務所にも婚姻費用分担額の変更を希望する相談が少なくないが,仮に変更を求める審判を申立てる場合には,上記①~④の事情を裏付ける資料を丁寧に集めることが必要不可欠であると考えさせられた。

(参考文献)
「判例タイムズ」1484号130頁
「家庭の法と裁判」31号64頁
松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定[改訂版]』新日本法規

決定文の抜粋

⑴ 抗告人は、前件審判で定められた婚姻費用分担金を支払わなくなる前月の平成30年4月21日にD医師の診察を受け始めた。抗告人は、長女と面会できなくなったためうつ状態に陥った旨主張するが、長女とは同月30日に面会した後、面会できなくなったのであるから、上記主張は矛盾している。

抗告人は、同年9月1日及び同年10月4日にD医師に診断書の作成を依頼し、抑うつ状態のため休業加療が必要である旨記載された診断書の交付を受けたが、いずれの診断書も、具体的な症状が全く記載されていないし、抗告人の主訴に基づいて作成されたと推認されるから、これらをもって直ちに抗告人が実際に休業加療を要する状態にあったと認めることはできない。現に、抗告人は、同年9月1日以降も休業することなく勤務を継続していたのである。

⑵ ところが、抗告人は、平成30年10月20日、13年間も勤務していたHを自主退職し、同月30日、婚姻費用分担金の減額を求めて本件調停申立てをした。しかし、抗告人の同年1月1日から同年10月20日までの給与収入は363万5000円であり、これを年額に換算すると、約453万円(363万5000円÷293日×365日)となり、前件審判において婚姻費用分担金算定の基礎とされた給与収入462万5000円をわずかに下回るだけである。

⑶ 抗告人は、本件調停申立て後、平成30年11月16日に受診した以後は約5か月間受診しなかったが、本件調停が平成31年3月25日に不成立となり、本件審判手続に移行した約半月後の同年4月10日にD医師の診察を受け、令和元年5月7日、D医師に診断書の作成を依頼し、気分変調症(慢性の抑うつ状態)であり、うつ状態の持続から一般就労は困難な状態である旨記載された診断書の交付を受けた。しかし、上記診断書も、前同様に具体的症状は全く記載されておらず、どの程度就労が制限され、どのような形態であれば就労可能であるのか明らかではない。このような上記診断書の作成時期、経緯及び記載内容からすれば、抗告人は、本件審判手続において自己に有利な資料として提出するために上記診断書の交付を受けた疑いなしとしない。したがって、上記診断書をもって抗告人が抑うつ状態のため定職に就いて継続的に勤務することが困難な状態にあると認めることはできない。

⑷ しかも、抗告人は、Hを自主退職後、散発的ではあるものの、I、J及びEに勤務して給与収入を得る傍ら、平成31年春ころには第一種衛生管理者の免許等を取得し、令和元年秋ころにはF大学G学部(通信教育課程)の入学試験に合格し、令和2年4月に入学する予定である。このように、抗告人は、自己の将来に役立てるために免許等の取得や大学入学を目指して意欲的に取り組み、実現しているのであるから、就労困難であるほどの抑うつ状態であるというのは不自然であり、信用することはできない。抗告人が就労困難でないことは、抗告人が令和元年8月以降は受診も服薬もしていない上、同年9月11日の原審第4回審判期日において、相手方との審判等がなければ、身体、精神上特段の問題はない旨陳述していることからもうかがえるところである。

なお、抗告人が前件審判で定められた婚姻費用分担金を支払っていないにもかかわらず、上記大学の入学金及び20万円もの学費を納入したことは、婚姻費用分担義務より自らの希望を優先させるものであって、不相当であるといわざるを得ない。

⑸ 以上のとおり、抗告人は、前件審判後、断続的にD医師の診察を受け、Hを退職してほとんど収入がない状態となっているが、自らの意思で退職した上、退職直前の給与収入は前件審判当時と大差はなかったし、退職後の行動をみても、抑うつ状態のため就労困難であるとは認められないから、抗告人の稼働能力が前件審判当時と比べて大幅に低下していると認めることはできず、抗告人は、退職後現在に至るまで前件審判当時と同程度の収入を得る稼働能力を有しているとみるべきである。したがって、抗告人の精神状態や退職による収入の減少は、前件審判で定められた婚姻費用分担金を減額すべき事情の変更ということはできず、抗告人の本件申立ては理由がない。

なお、相手方の給与収入は、前件審判当時と同程度であるし、他に本件において前件審判で定められた婚姻費用分担金の額を変更すべき事情の変更は認められない。

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