判例紹介:負担付遺言の取消しが認められなかった事例(仙台高裁令和2年6月11日判タ1492号110頁)
事案の概要
被相続人Aは,公正証書遺言により,一切の財産を長男であるYに相続させるとともに,この相続の負担としてYがAの二男であるXの請求を援助するものと定めた負担付遺言を行った。
Aは,その生前,生活費の援助として,Xに対して月額3万円を送金しており,Aが死亡した後はYが引き続き月額3万円を2回程度送金していた。もっとも,平成29年5月以降からは送金が途絶えてしまった。Xが書面で履行を催告したが,相当期間が経過してもYからの支払いがなかったことから,Xが民法1027条に基づき遺言の取消しを求めた。
Yは,遺言の定める負担の「原審申立人の生活を援助する」ことが抽象的であり法的義務とはいえないこと,YにはXが生活の援助を要する状態かどうかの判断ができなかったこと,Yは経済的な援助を拒絶しているわけではなく経済的援助の支払を命じられた場合には支払う意思があることなどを主張し,遺言を取り消すことはできないと争った。
原審裁判所は(福島家裁いわき支部令和2年1月16日審判)は,遺言者Aとしては,全ての財産をYに相続させる代わりに,Xの存命中は少なくとも月額3万円の経済的な援助をするべきことを義務としてYに負担させる意思であったといえるところ,Yがこの遺言の定める義務の履行をしなかったため遺言を取り消すとの審判をした。これに対し,Yが仙台高裁に不服申し立てを行ったのが本件事案である。仙台高裁の判断は次のとおり。
裁判所の判断の要旨
裁判所は,本件遺言によればYがXに対して月額3万円を送金する義務があると認めることができるものの,文言が抽象的であることからすればその解釈は必ずしも容易であるとはいえず,YはXから経済的な援助の履行を催告されながら現在まで履行していないけれども義務の内容が定まれば履行する意思があることなどを考慮すると,現時点で負担を履行していないことには抗告人の責めに帰することができないやむを得ない事情があるため,未だ本件遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものともいえないとした。
弁護士のコメント
負担付遺言という言葉を聞いたことがあるでしょうか?どちらかといえば「負担付遺贈」と言う方が一般的かもしれません。どちらも,遺言によって財産を第三者に与える場合に,当該第三者に何らかの負担を課すものです。相続に関する交換条件ともいえるでしょう。
遺言では,大きく分けて「遺産分割方法の指定」と「遺贈」という二つの方法によって,財産を誰に承継させるのかを決めることができます。このうち,「遺贈」とは,簡単にいえば遺言書の方式で相続人または第三者に贈与をすること(無償で財産を与えること)をいいます。そして,「遺贈」をする際に,受贈者に対して,何らかの負担を課すことができ,これを「負担付遺贈」というのです。
そして,負担付遺贈を受けた者が,その負担した義務を実際に果たさないとき,他の相続人は,相当の期間を定めてその履行の催告をすることができます。つまり,「義務を果たしなさい」と要求することができるのです。さらに,催告しても相当期間内に履行がないときには,当該相続人がその負担付遺贈にかんする遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができます(民法1027条)。他の相続人からすれば,負担付遺贈によって自分の相続分が減っている可能性が高く,その義務を果たさない状況について何らかの救済措置が与えられなければ遺言者の意思に反することになってしまうからです。
本件では,父が長男に対して負担付遺贈(正確には,負担付の遺産分割方法の指定でしたが,裁判所は負担付遺贈と同様に民法1027条を適用することができると判断しています)を行い,精神疾患を抱えて財産管理ができない二男のために「生活の援助をする」よう求めていました。しかし,長男が父と同様に送金を行ったのは2回だけであったことから,Xが遺言の取消しを裁判所に求め(遺言が取り消された場合,父の遺産は法定相続分に基づき共有状態となります),原審は長男に父と同様に月額3万円を送金する義務があると判断して遺言の取消しを決定しました。
しかし,抗告審では,原審と同様に月額3万円を送金すべき義務がYにあると認める一方,「生活の援助をする」という文言が抽象的であるためYにそのような裁判所と同様の解釈ができなくても仕方がない面があること,Yが裁判所等の決定があれば生活の援助をすることを否定していないこと,Xが和解の提案を無下に断るなどなど交渉が難航していたことから,現時点では未だ遺言に定められた「生活の援助をする」という義務を履行していないとはいえないとし,原審の判断を覆して,上記のとおり遺言の取消しを認めませんでした。抗告審としては,遺言を取消しても精神疾患を抱えるXに財産管理ができなくなってしまうこと,月額3万円の送金義務を認めているため未払分も含めて今後Yが履行することを期待していることなどの事情を踏まえての判断だったものと思われます。
負担付遺言を作成したいというご要望は少なくありませんが,もしその負担について具体的な金銭給付や生活扶助を想定しているのであれば,抽象的な文言ではなく具体的な文言にしておくことの必要性を感じた事例でした。
遺言は「いつかつくろう」では手遅れになってしまうことが多いため,思いついたらすぐにご相談ください。ゆりの木通り法律事務所は,相続に関する初回ご相談料が無料です。浜松で遺言の作成をお考えの方,相続についてお困りの方は,気軽にお問い合わせ下さい。