判例紹介:長期間の別居がある場合であっても年金分割の分割割合を0.5以下にすることを認めなかった事例(大阪高決令和1年8月21日判時2443号53頁)
事案の概要
抗告人Xと相手方Yが,婚姻後約9年間同居した後に別居し,約35年間の別居後に離婚したという事情のもと,抗告人Xが相手方Yに対して年金分割を求めた。
原審は,婚姻期間に比して同居期間が短いことから,年金の保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることができないとして,按分割合を0.35とする審判をした。
それに対し,Xが不服申し立て(抗告)をしたのが本件事案である。
裁判所の決定要旨
裁判所は,夫婦の扶助義務は別居した場合も基本的に変わらず,老後のための所得保障についても同等に形成されるべきであり,本件では,年金の保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような特別の事情があるとはいえないとして,按分割合を0.5とするのが相当であると判断した。
弁護士コメント
年金分割は,離婚した夫婦が婚姻期間中に納付した厚生年金の保険料を公平の見地から調整する制度である。裁判所の実務運用においては,年金分割時の按分割合は,特別な事情がない限り「0.5」としている。
その理由としては,例えば「年金分割は,被用者年金が夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的機能を有する制度であるから,対象期間中の保険料納付に対する寄与の程度は,特別の事情がない限り,互いに同等とみて,年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めるのが相当であるところ,その趣旨は,夫婦の一方が被扶養配偶者である場合についての厚生年金保険法78条の13(いわゆる3号分割)に現れているのであって,そうでない場合であっても,基本的には変わるものではないと解すべきである。そして,上記特別の事情については,保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合に限られる」(大阪高決平成21年9月4日家月62巻10号54頁)とされている。
家庭内の役割分担を考えた場合,仕事をして収入を得る夫の労力と家事や育児をする妻の労力を公平に評価する物差しがない以上,特別な事情がない限りそれを公平なものとして評価することは社会的に合理的な解決手段だと思われる。一般的な夫婦の価値判断としても不自然とはいえないだろう。もっとも,裁判所は,この例外について,すなわち「保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合」について極めて厳格な姿勢を取っている。
本件でも,裁判所は,約35年にもわたって別居生活を続けていた夫婦について,「保険料納付に対する夫婦の寄与を同等」と評価した。原審(大津家裁高島出張所決定令和1年5月9日判例時報2443号54頁)をみるに,この夫婦については別居後完全に没交渉となっており,「申立人と相手方が夫婦としての扶助協力関係にあったものとはみられない」と評価されている。素直に考えれば,客観的な事実としては「保険料納付に対する夫婦の寄与」が無かったというべきだろう。しかし,裁判所は,法律上認められる「夫婦間の扶助義務」に基づき,別居中も「老後のための所得保障」は等しく形成されるべきであるとして,上記結論を導いている。
このような事例を見ると,調停や訴訟において年金分割の案分割合を0.5以下にするのは,極めて困難であると思われる。
決定文の抜粋
当裁判所は、本件按分割合を0.5と定めるのが相当であると判断する。
…そこで、上記特別の事情の有無について検討すると、前記認定のとおり、抗告人と相手方の婚姻期間44年間中、同居期間は9年間程度にすぎないものの、夫婦は互いに扶助義務を負っているのであり(民法752条)、このことは、夫婦が別居した場合においても基本的に異なるものではなく、老後のための所得保障についても、夫婦の一方又は双方の収入によって、同等に形成されるべきものである。この点に、一件記録によっても、抗告人と相手方が別居するに至ったことや別居期間が長期間に及んだことについて、抗告人に主たる責任があるとまでは認められないことなどを併せ考慮すれば、別居期間が上記のとおり長期間に及んでいることをしん酌しても、上記特別の事情があるということはできない。
そうすると、対象期間中の保険料納付に対する抗告人と相手方の寄与の程度は、同等とみるべきであるから、本件按分割合を0.5と定めることとする。…