名誉棄損が問題となった裁判例

名誉棄損とは何か?

 名誉棄損とは,他人の社会的評価を低下させることをいいます。対象は「法人」であっても,また「自然人」であっても成立します。裁判例では,名誉棄損を「人の品性,德行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害」することと定義されています(最大判昭和61年6月11日判タ605号42頁)。
 名誉棄損の成否は,社会的評価の低下の有無によってのみ評価されるものであり,事実の真偽は関係がありません。仮にそれが真実であっても,またそれが虚偽であっても,他人の社会的評価を低下させるものは名誉棄損とされます。
 また,名誉棄損行為は,伝搬する態様でなされる必要があります。当該行為が伝搬する態様でなされなければ,社会的評価の低下につながらないからです。伝播する態様とは,不特定又は多数人の認識し得る状況と言い換えることもできます。
 名誉棄損に該当する行為がなされた場合,行為者は刑事上及び民事上の責任を負う可能性があります。刑事上の責任とは,刑法に規定された名誉棄損罪(刑法230条)に問われることです。また,民事用の責任とは,民法に規定された不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を受けることです。以下では主に民事上の責任を前提として話を進めます。

社会的評価の低下に関する具体例

① 市長選の候補者が選挙運動時に全町内会に100万円を交付した旨を指摘した(大阪地判平成27年6月1日判時2283号75頁)

② 金属材料科学の研究者の論文に捏造や改ざんがあると指摘した(仙台地判平成23年8月29日判時2211号90頁)

③ 生コン製造業者の納入した生コンが意図的に水を加えて製品規格を充たさないと指摘した(横浜地判平成23年11月24日判時2137号90頁)

④ 新聞記者が他人のコラムを盗用して執筆したと指摘した(平成17年3月8日判タ1194号228頁)

⑤ 考古学者である元大学教授が他の遺跡から発掘された石器を予め埋めることによって遺跡を捏造したと指摘した(福岡高判平成16年2月23日判タ1149号224頁)

⑥ テレビ局のアナウンサーが学生時代にランジェリーパブでアルバイトをしていたことを指摘した(東京地判平成13年9月5日判時1773号104頁)

⑦ 漫画家にゴーストライターがいる旨を指摘した(東京地判平成7年11月17日判タ953号222頁)

⑧ 個人の所有する絵画が贋作であると指摘した(東京地判平成14年7月30日判タ1160号1730頁)

伝播可能性に関する具体例

① 甲との間で不動産に関する紛争状態であった乙が,甲の母に電話と手紙で,甲の伯父と弟に手紙で,甲に関する名誉棄損的言辞を告げた事例において,名誉棄損が認められた(東京地判平成4年1月23日判タ856号247頁)

② テレビ番組出演者に関する名誉棄損言論を,当該テレビ局にファクシミリで送信した行為について,名誉棄損が認められた(東京地判平成9年4月21日判タ969号223頁)

③ 成年後見人を務める弁護士の名誉を棄損する内容のファクシミリを家庭裁判所に送信した行為について,名誉棄損が認められた(東京地判平成26年7月9日判時2236号119号)

④ 大学教授Aに関する名誉棄損的言辞を記した意見書を,26人の理事が出席した理事会に提出した上で読み上げた行為について,文書が事後的に回収されたこと等を認定して第三者に伝播する可能性が無いとして名誉棄損が否定された(東京地判平成15年8月22日)

名誉棄損が免責される場合

 仮に,名誉棄損行為がなされたとしても,それが公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合で,適示された事実が真実であることが証明されたときは,当該行為には違法性がなく,不法行為は成立しないとされています(最判昭和41年6月23日判タ194号83頁)。
 これは,名誉棄損に対する損害賠償責任の有無が問題となった判例ですが,刑法230条の2も同様の免責規定を置いています。名誉棄損理論を言論統制に利用されないために,表現の自由を保障する観点からこのような免責規定が置かれ,民事上の損害賠償においても同様に免責を認めたものと考えられています。

インターネットと名誉棄損

 インターネットが登場するまで,名誉棄損が問題になるのは主に新聞,テレビ,ラジオ,雑誌などでした。しかし,インターネットの登場により,誰もが容易に匿名で表現行為をすることができるようになりました。そして,インターネット上の表現行為は,デジタル化された電子情報のため,コピーが容易であり,伝播可能性が極めて高いという特徴があります。そのため,現代においてはインターネット上の名誉棄損が深刻な問題となっています。
 インターネット上は匿名性が担保されたバーチャルの世界なので,そこでの名誉棄損は法的に責任を問われないとの考え方は誤りです。インターネット上の言論も,現実世界のやり取りであり,法的責任を問われることに違いはありません。もし仮にインターネット上で名誉を棄損された場合には,次のような法的手段を取ることができます。

① 当該情報の削除
② 当該情報の発信者を調べる
③ 発信者等に対して損害賠償請求を行う
④ 刑事告訴

*参考文献 佃忠彦『名誉棄損の法律実務』2021弘文堂