拘禁刑導入の意義と実務上のポイント

はじめに

2022年6月に公布された「刑法等の一部を改正する法律」(令和4年法律第67号)は、自由刑を「拘禁刑」へ一本化し、懲役刑と禁錮刑を廃止する大規模改正を定めました。施行日は3年後とされ、いよいよ2025年6月1日に新しい刑罰体系が動き出します。法制史上、明治40年刑法以来初めて自由刑の根幹が組み替えられる転換点であり、刑事実務に携わる者は制度の細部を押さえる必要があります。

拘禁刑のイメージ

改正前の制度と課題

従来の自由刑(身体の自由を制限する刑罰)は、「懲役」と「禁錮」に分かれていました。懲役とは、刑法12条により受刑者へ「所定の作業」を義務づける刑罰で、木工・印刷・洋裁などの刑務作業を通じて矯正と職業訓練を兼ねるのが特徴です。一方の禁錮は、同条の作業義務を負わず、受刑者は静穏に収容されるだけの建前でした。ただし、実務上は、禁錮受刑者が自ら請願して作業に参加する例が多く、制度上の差異が形骸化していました。一人で静かに何もせずに日々を過ごすのはつらいものなので、このような統計になるのはよく分かります。
こうした「名目だけの二本立て」は、受刑者の高齢化や精神・知的障害、依存症など多様な問題を抱える現状と合致しません。作業の有無という単純な区分ではなく、教育・治療・就労支援をバランスよく組み合わせる柔軟な処遇が必要だという認識が国会審議や法務省検討会で共有されていきました。

改正の経緯と立法目的

立案過程では、①禁錮刑が統計上ほぼ死文化していること、②懲役刑の「一律作業」が高齢・障害・女性受刑者の再犯防止に必ずしも機能していないこと、③国際的に自由刑が「プログラム型」へ移行していること、の三点が問題視されました。とりわけ高齢受刑者比率は過去20年間で倍増しており、作業負担が身体的に不可能な層が急増しています。矯正当局は、労務よりも治療・福祉的支援を中心とする処遇計画の必要性をたびたび報告し、法務省の審議会もこれを追認しました。こうして「受刑者の特性に応じて作業・教育・治療を個別最適化する自由刑」として拘禁刑が構想され、2022年通常国会で可決されました。

拘禁刑の制度設計

改正刑法では、拘禁刑を無期と有期に分け、有期は1か月以上20年以下(加重時は30年)と定めました。刑期の幅は旧懲役・禁錮と同じですが、「作業は義務ではなく必要に応じて行わせる」と明文化され、教育やカウンセリング、職業訓練、医療プログラムを柔軟に組み合わせることができる点が最大の特徴です。刑務作業そのものは矯正手段の一つとして存続しますが、従来のように「作業が刑罰の本体」という位置づけから「更生のための手段」へと重心が移ります。新制度でも仮釈放・恩赦の枠組みは概ね維持され、刑期計算や刑の一部執行猶予制度との関係も従前と大きく変わりません。

適用時期と経過措置

拘禁刑は施行日以降に発生した犯罪に適用されます。したがって、2025年5月31日以前に確定した懲役・禁錮の言渡しはそのまま執行され、途中で自動的に拘禁刑へ読み替えられることはありません。刑事訴訟法その他の法令に散在する「懲役」「禁錮」の文言は読み替え規定で一括して「拘禁刑」に置換されるため、弁護士は裁判で用いる弁論の表現などを順次更新する必要があります。

受刑生活はどう変わるか

新制度では、刑務所は全受刑者について処遇計画を作成し、作業・教育・治療を組み合わせた日課を組成します。従来は作業中心の生活を前提に、教育やカウンセリングは「作業の合間」に実施されてきましたが、今後は薬物依存治療や認知行動療法、基礎学力教育が一日の主要時間帯を占める受刑者も想定されています。高齢者や障害を抱える受刑者についてはバリアフリー改修されたユニット型居室へ移動し、リハビリ作業や健康運動プログラムが導入されます。作業を実施する際も、短時間・低負荷に調整した上で就労支援と連動させる仕組みが検討されており、刑務作業は「義務の履行」から「社会復帰準備訓練」に性格を変えることになります。

刑務所のイメージ

期待される効果と残された課題

拘禁刑により、受刑者の特性を踏まえたプログラムを柔軟に配置できるため、再犯防止の実効性向上が期待されています。国際的にも自由刑は矯正教育と治療を重視する潮流にあり、日本の制度はようやく欧米と同水準の選択肢を持つことになります。
一方で、心理療法士や作業療法士など専門人材の大幅な確保、バリアフリー工事を含む施設改修費、そしてプログラム効果を数値化し仮釈放審査に反映させる評価指標の整備が急務です。これらの課題に対応できなければ、制度理念が実践と乖離する恐れがあります。

おわりに

拘禁刑は、作業義務の有無という旧来の形式差を廃し、受刑者一人ひとりに合わせた教育・治療・就労支援を軸に再犯防止を図る自由刑として設計されました。施行日は2025年6月1日。同日以後に発生した犯罪に対して適用があります。刑事事件を扱う法律実務家は、条文改正だけでなく、処遇内容の変化が示談交渉や量刑主張に及ぼす影響まで視野に入れる必要があります。本稿が制度理解と実務対応の一助となれば幸いです。