不倫に関する法律問題

言葉の意味-「不倫」と「不貞」

芸能ニュースなどで芸能人の不倫が話題になることがあります。私たちの日常会話で「不倫」といえば,恋人又は夫婦がパートナー以外の第三者との間で性的関係を持つことを意味するでしょう。国語辞典で「不倫」の項目を調べると,「道徳にはずれること。特に,配偶者以外と肉体関係をもつこと。また,そのさま。」などと記載されています(『デジタル大辞泉』小学館)。

なお,「不倫」という言葉が現在の用法で広く使われ始めたのはそんなに古いことではなく,1983年のテレビドラマ『金曜日の妻たちへ』の影響が大きいそうです。それ以前は,現在の「不倫」と同じ意味で,「姦通」,「不義」,「密通」,「浮気」などの言葉が広く使われていたとのこと。

このように,一般的に広く使われる「不倫」という言葉ですが,法律用語ではないため,私たち法律家はあまり使用しません。同様の意味で「不貞」という言葉を使います。この言葉は,民法770条1項の離婚事由(~という事情があれば裁判において離婚が認められるというもの)の一つとして登場します。

民法770条1項(裁判上の離婚)
 
夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

それでは,民法上の離婚事由の一つである「不貞」とはどのような意味でしょうか?法律学の世界では,「一夫多妻制の貞操義務に忠実でない全ての行動であり,姦通的行為よりも広い概念」と広く解する見解と,「配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと」と狭く解する見解とが対立しています。

この点について,最高裁判所は,「配偶者のある者が,自由な意思にもとづいて,配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいうのであつて,この場合,相手方の自由な意思にもとづくものであるか否かは問わないものと解する」と判示し(最判昭和48年11月15日判タ303号141頁),後者の狭義説の立場を取ることを明らかにしています。

なお,少なくとも判例においては離婚事由としての「不貞」に「性的関係」を必要としていますが,不法行為に基づく損害賠償請求における「不貞」には必ずしも「性的関係」を必要としていません。不法行為に基づく損害賠償請求における「不貞」とは,夫婦の他方が不倫をし,不倫相手に対して慰謝料請求をする場合のことです。法律の世界では,同じ言葉であっても,使用する場面ごとに意味が異なることがありますのでややこしいですね。

不倫に関する法制度の変遷

現在の日本の法律では,仮に不倫をしたとしても,刑事上の責任を問われることはありません。犯罪にはならず刑罰の対象にはならない,ということです。不倫が問題になるのは,上記のように,民事上の責任(離婚事由の一つになることと,損害賠償請求の対象になること)についてのみです。

もっとも,現在でも不倫を犯罪としている国はありますし,日本でもかつてはそのような法律が存在していました。例えば,江戸時代の日本では,不倫(間男が夫のいる女性と性的関係を結ぶこと)は重罪であり,特に自分にとっての主人の妻との不倫は,獄門による死罪とされていたようです(獄門とは,死罪になった者の首を刑場に晒すことです。)。

明治時代になっても,日本には姦通罪が存在しました。しかも,この姦通罪は,妻の不倫のみを処罰するものであり,夫の不倫は罪になりませんでした(旧刑法183条「有夫ノ婦姦通シタルトキニハ二年以下ノ懲役ニ處ス」)。この時代,民法では,妻は行為能力がないものとされ,妻の財産は夫が管理するものとされている状況でした。また,妻に子ができなければ,夫はいわゆる妾をつくることが許され,その妾にも貞操義務が課されていました。いわゆる戸主を頂点とする「家制度」において,女性の立場が現在とは全く異なることが分かるかと思います。

第二次世界大戦後,GHQの民主化政策によって,家制度の解体や夫人の解放がすすめられ,当然ながらこの姦通罪が問題になりました。男女平等の理念に基づいた日本国憲法とも,この姦通罪はそぐわないものでした。そのため,昭和22年,刑法改正によって姦通罪は廃止され,そのまま現在に至ります

なお,法改正にあたっては,姦通罪を男女ともに成立させる方向での解決方法もありました。相互に罪を負うのであれば男女平等ではあります。ところが,その選択肢を取らなかったことから,現在の日本では,不倫を行った配偶者及びその不倫相手(相姦者)に対する慰謝料請求のみが残りました。

不倫を原因とする慰謝料請求

裁判所は,これまで一貫として,配偶者の不倫についてその不倫相手に対する損害賠償請求を認める立場にあります。具体的には,夫婦間において夫又は妻が不倫をした場合,不倫相手に故意又は過失があり,かつ不倫開始時に夫婦関係が破綻していないのであれば,原則として不倫相手には不法行為が成立し,夫又は妻は不倫をして一方配偶者及び不倫相手に対して損害賠償請求をすることができると考えられています。

裁判例では,「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は,故意又は過失がある限り,右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず,他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し,その行為は違法性を帯び,右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである」(最判昭和54年3月30日判タ338号168頁),「Xの配偶者Aと第三者Yが肉体関係を持った場合において,XとAとの婚姻関係がその当時既に破綻していたときは,特段の事情のない限り,YはXに対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし,YがAと肉体関係を持つことがXに対する不法行為となるのは,それがXの婚姻共同生活の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって,XとAとの婚姻関係が既に破綻していた場合には,原則として,Xにこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである」(最判平成8年3月26日判タ908号284頁)などとし,損害賠償が認められる根拠として不倫が「夫又は妻としての権利」や「婚姻共同生活の維持という権利又は法的保護に値する利益」を侵害すること挙げているいます。

不倫相手に対して損害賠償を認めるべきではない?

私は,仕事をする上では上記の裁判所の見解を前提とし,不貞相手に対する慰謝料請求が一定の条件下で認められるという立場で業務を行います。法律実務家が裁判所の見解を無視して仕事をすることはできません。

もっとも,実務と離れた法律学の世界では,不貞を原因とする不倫相手に対する損害賠償を認めるべきではないとする見解が有力に主張されています。その見解によれば,判例のいう「夫又は妻としての権利」とは,要するに夫婦が互いに有する「守操請求権」(夫又は妻に貞操を守るよう求める権利)であり,これは夫婦が相互に貞操義務を負うことを意味するといいます。そして,一方配偶者が不倫相手に対して損害賠償請求をするときは,本来の義務の主体であるはずの他方配偶者を無視して不倫相手がこの貞操義務違反の張本人としている点において,他方配偶者が自由意思を持った独立の人格であることを無視していると主張します。また,「夫婦共同生活の維持」,すなわち家庭の平和を保護法益としても,それを乱したのは他方配偶者にほかならず,不倫相手に対する損害賠償請求は他方配偶者を不倫相手の操り人形と考えるものだと反論しています(角田由紀子『性の法律学』1991有斐閣)。

なお,諸外国の状況を見ると,イギリス,オーストリア,フランス,オーストラリアでは不倫相手に対する慰謝料請求が否定されています。アメリカでも,多くの州で立法措置によりこのような訴訟を廃止しています。アメリカの例では,このような立法を行う理由として,①このような訴訟は復讐を目的とするもので恐喝の機会を裁判所が提供するべきではないこと,②損害賠償を受領することは,他方配偶者の愛情の強制売却と同じで,婚姻の本質に反すること,③姦通の相手方や誘惑者に対して損害賠償を課したところで婚姻の安定が確保されるわけではないこと等が挙げられています。

わが国において,不倫に関する損害賠償に関する上記の実務が直ちに変わることはないと思いますが,社会情勢や国民意識の変化によっては,この先諸外国と同様の立場を取る日も来るかもしれません。

*参考文献 中里和伸『不貞慰謝料請求の実務』2017LABO