不貞慰謝料請求が認められない場合

不貞慰謝料請求の原則

夫婦の一方の配偶者と肉体関係をもった第三者は、故意又は過失がある限り、同配偶者を誘惑するなどして肉体関係をもつに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかに関わらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法なものとして他方配偶者の被った損害を賠償する責任があるとされています(最判昭和54年3月30日判タ338号168頁)。このような他方配偶者から第三者に対する「不貞慰謝料」の請求が認められるのは、現時点において、わが国の裁判制度の原則になっているといってよいでしょう。

慰謝料請求が認められない例外的な場合

他方で、不貞関係があったにもかかわらず、不貞慰謝料請求が認められない例外的な場合が存在します。
そのひとつが、不貞行為の時点において「婚姻関係の破綻」が認められる場合です。最高裁は、Xの夫Aが不仲になり別居した後にYと不貞関係になったという事案で、「Xの配偶者Aと第三者Yが肉体関係を持った場合において、XとAとの婚姻関係がその当為時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、YはXに対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、YがAと肉体関係を持つことがXに対する不法行為となるのは、それがXの婚姻共同生活の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、XとAとの婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、Xにこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである」として、XのYに対する不貞慰謝料請求を認めませんでした(最判平成8年3月26日判タ908号284頁)。
簡単にいえば、籍はあっても婚姻関係が事実上壊れている以上、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」が存在しないため、不貞行為は違法にならないという理屈です。

不貞と慰謝料の関係

夫婦関係の破綻が認められるのはどのようなとき?

それでは、どのような場合に「婚姻関係の破綻」が認められるのでしょうか。この点について、実のところ統一的な基準があるわけではありません。不貞慰謝料請求の裁判では、夫婦間の個別具体的な事情を総合考慮し、「婚姻関係の破綻」が認められるか否かを検討しています。
例えば、東京地判平成14年7月19日は、「婚姻は、男女の性的結合を含む全人格的な人間としての結合関係であり、その結合の内容、態様は多種多様にわたるものであって、性交渉の不存在の事実のみで当然に婚姻関係が破綻するというものではなく、破たんの有無を認定するにあたっては、夫婦間の関係を全体として客観的に評価する必要がある」としています。
また、東京地判平成22年9月9日は、「婚姻関係が破綻しているというのは、民法770条1項5号の「婚姻を継続しがたい重大な事情がある」と評価できるほどに、婚姻関係が完全に復元の見込みのない状況に立ち入っていることを指すものと解するのが相当であり、かかる状況になったかどうかについては、婚姻の期間、夫婦に不和が生じた期間、夫婦双方の婚姻関係を継続する意思の有無及びその強さ、夫婦の関係修復への努力の有無やその期間等の事情を総合して判断するのが相当である」と判断しています。

夫婦が別居していれば婚姻関係の破綻は認められるか?

婚姻関係の破綻に関する主張の際、夫婦の「別居」がその理由として挙げられることがあります。例えば、東京地裁平成23年6月30日は、「AとXの別居生活は、5年余りの長期に及んでおり、既にその婚姻関係は破綻していたと認めることができる」として、別居を理由に婚姻関係破綻を認めています。
他方で、東京地判平成21年6月4日は、「XとAとの間の夫婦生活にやや円滑さを欠くことがあったことは否めないが、両者間で真剣に離婚に向けた話し合いが行われた事実はなく、XとAとが別居するに至ったのも、X及びAの両家の協議の上、両名に冷却期間を置いた方がよいとの判断であって、離婚を前提にしたものではなかったものと認められ、…いまだXとAとの間の婚姻関係が破綻していたものと認めることはできない」として、夫婦の別居が必ずしも夫婦関係破綻の原因にならないとの判断をしています。
二つの判決は矛盾するようですが、夫婦間の別居が婚姻関係破綻の絶対的な理由にならないということです。つまり、別居は夫婦関係の破綻を基礎づける事情のひとつとはいえるものの、単身赴任や里帰り出産、また上記裁判例のような一時的な冷却期間など、別居に合理的な理由がある場合には、直ちに夫婦関係の破綻が認められないと考えた方がよいでしょう。

離婚の意思表明があれば夫婦関係の破綻が認められるか?

夫婦関係が不仲になり、離婚の意思を表明したり、離婚調停の申立てをした場合はどうでしょうか。
この点、東京地判平成25年3月27日は、「XとAとの婚姻関係は修復不可能となって破綻に至っているが、その破綻の時期は、遅くとも、Xの不貞行為によりAが離婚の意思を固めてこれを表明した平成24年7月2日であると認めるのが相当である」として、婚姻関係の破綻を認めています。
他方で、離婚の意思表明として離婚調停の申立てがあったという事案で、東京地判平成24年7月24日は、「離婚調停の申立てをしたことは、夫婦の一方が離婚を望んでいることを意味するにすぎず、その時点で、離婚が成立するか否かは不明であり、婚姻関係が破綻しているとは限らない」と判断しており、離婚調停の申立てをしていたからといって直ちに婚姻関係の破綻が認められないとの判断をしています。他にも、離婚調停申し立てたものの、その後それを取り下げたという岡山地判平成17年1月21日では、婚姻関係の破綻が認められていません。
このように、離婚の意思表明や離婚調停の申立てについても、あくまで婚姻関係の破綻を基礎づける事情のひとつであり、それがあれば必ず婚姻関係の破綻が認められるというものではないことが分かります。

まとめ

以上のとおり、「婚姻関係の破綻」があるときは、例外的に第三者への不貞慰謝料請求が認められないものの、どのような場合に「夫婦関係の破綻」があったといえるかについては、個別具体的な事情を総合的に検討することになります。別居や離婚の意思表明は、夫婦関係の破綻を基礎づける事情の一つにはなりますが、それが絶対ではありません。早計に「○○があれば夫婦関係の破綻が認められる」と断定することは危険です。婚姻関係の破綻の有無が気になる方は、法律の専門家である弁護士に相談することをおすすめします。


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