判例紹介:複数の私的筆跡鑑定の信用性を分析するなどして自筆証書遺言を無効とした事例(仙台高判令和3年1月13日判タ1491号68頁)

事案の概要

本件は,原告のXらが,被相続人A名義で作成された平成14年12月20日付け自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)による遺言書(以下「本件遺言書」という。)が偽造されたものであると主張して,共同相続人であった被告Yらに対して,本件遺言が無効であることの確認等を求めた事案である。

原審では,本件遺言書の筆跡について,YらからAの筆跡との同一性を肯定するC鑑定書及びD鑑定書が提出され,Aは自己の名である「γ」の署名に本件遺言書とは異なり常に略字体の「γ”」を用いていた旨のXらの主張は採用できず,本件遺言書の署名はAが署名した対照文書の署名と類似しているなどとして,本件遺言書に署名したのはAであり,同一人物が本件遺言書全体を作成したものと認めることができるから,本件遺言書は,Aが作成したと認めることができるとした。これに対して,Xらが不服申し立てをしたのが本件である。控訴審では,Xらから同一性を否定するE鑑定書が提出された。

判決の要旨

 裁判所は,結論を異にする複数の私的筆跡鑑定の信用性を分析・評価し,遺言書の発見・保管等に係る関係者の供述の信用性をも検討して,自筆証書遺言を無効とした。

弁護士コメント

裁判所は,Yらが提出した私的筆跡鑑定書2通について,C鑑定書は冒頭の署名部分以外の記載の筆跡を検討しておらず,そのために筆継ぎを偽筆の特徴として挙げながら,本件遺言書に8か所記載されている本件誤字のうち4か所に筆継ぎと思われる部分が存することを見逃しているなどの大きな欠陥が存するしこと,D鑑定書は,一般論として類似分析の鑑定手法を批判しながら,本件遺言書の検討に当たっては自らが類似分析の手法に陥っていることなどを批判して,これらの鑑定書の信用性を否定し,少なくとも本件遺言書自体によってAが自書したことが立証されているとはいえないと評価した。

また,遺言書の作成や保管等の経緯について,Y1らは,本件遺言書の検認の際に,本件遺言書に記載されている作成年月日の翌年頃に遺言書を書いたとAから聞いたと説明していたのに,本件訴訟の途中からは,Aが本件遺言書を作成している場に同席していたと異なる主張をはじめたこと,及びAの死後に本件遺言書を発見した後も,自ら検認手続をとるなどせず,Xらによる追及にもかかわらず遺言書の話をしなかったことなどから,Yらの供述の信用性を否定した。

自筆証書遺言は,被相続人単独で作成ができるため,①遺言書の存在を相続人が知らない場合がある,②遺言書の内容を相続人が知らず相続人間で紛争になりやすい,③被相続人が遺言書の方式を誤り遺言そのものが無効になりやすい,④有効な遺言書であっても他の相続人からその真偽について疑われやすい,などの特徴がある。そのため,本件にように,相続人間で遺言書の効力について争う訴訟は比較的多い。

自筆証書遺言の効力について争いになると,まずその遺言者が被相続人本人によって作成されたか否かが問題になる。その際に,両当事者がそれぞれ私的な筆跡鑑定を行うのが一般的だが,その鑑定の内容については個人的な印象論でしかないもの,科学的な精緻さに欠けるものが極めて多い。鑑定書を作成せざるをえない状況は理解できるが,その作成に際しては,極めて慎重に鑑定人を選ぶ必要がある。また,鑑定結果だけではなく,間接事実として遺言書の作成や保管に関する事実も丁寧に主張するべきである。

判決文抜粋

…そこで検討するに、以下のとおり、亡父が本件遺言書の全文、日付及び氏名を自書しこれに押印したものであると考えるには多数の疑問点があり、少なくとも本件遺言書自体によってこれが立証されているとは到底評価できないというべきである

ア まず、前記前提事実(7)のとおり、本件遺言書には、その内容が被控訴人らが主張するとおりのものであるとするならば亡父の「〇」及び被控訴人Y1の「*」が記載されるべきこととなる箇所に、本件誤字が記載されているところ、対照資料において本件誤字が存するのは、原本の提出がない写しである本件書面8(乙3)とカーボン複写用控で複写されている文字の上からボールペンで書き込みがされた本件書面7(乙5)のみであり、これらはいずれも、その体裁からしても、もともとの原本作成者以外の者がその一部に改ざんを加えることが容易と解され、控訴人らは正にそのように主張して亡父による記載であることを争っているものである。しかも、本件書面8の原本となるべきものは、G信用組合に対する被控訴人Y1を申込人とする住宅ローン保証委託申込書(兼契約書)であるから、その書面の性質に照らしても、被控訴人Y1が証拠提出の時点で原本を所持しておらず写しのみを所持していたというのは理解に苦しむものであるし、本件書面7については、そもそもカーボン複写された文字の上に文字を書き込むことの必要性が通常は容易に考えられず、このような書面が存在していること自体が理解に苦しむものである。これに対し、亡父が自書したことにつき当事者間に争いのない対照資料中の多くのものでは、いずれも自己の名を記載するために「□」が用いられており、また、被控訴人らにおいて平成7年と平成13年に亡父が自書したと主張している対照資料には、亡父の名が記載されるべき部分に前者には「*」の、後者には「〇」の字がそれぞれ記載されている(乙2、4)のであるから、本件誤字が記載されている本件遺言書並びに本件書面7及び8については、亡父が自己の名や長男の名についてこのような誤字を自書したと考えることに大きな疑問を禁じ得ないというべきであるし、以上のような問題点を全く考慮せず、亡父が本件書面7及び8を記載したことを所与の前提として本件遺言書の自書性を判断するための対照資料として用いているB鑑定書及びC鑑定書には、看過できない欠陥があるといわざるを得ない。

イ また、B鑑定書は、本件遺言書に記載された多数の文字のうち、2行目に亡父の署名として記載されたと目される3文字(以下「本件3文字」という。)しか検討対象としておらず、本件3文字はいずれもその下に記載された本件遺言書の文章中に繰り返し現れるのに、その同一文字の筆跡すら検討していない。そもそも筆跡鑑定を成り立たせる本質的な理由が人の筆跡個性に恒常性が存することにあることはC鑑定書とD鑑定書が一致して指摘しているもので(甲65・7頁、乙52・5頁)、かつ、本件遺言書の顕著な特徴が本件遺言書中に繰り返し現れる本件3文字の筆跡に大きな変動が見られることであることは、D鑑定書が強調し、C鑑定書も事実上認めているといえるところであるから、上記のようなB鑑定書の手法は、本件遺言書の最大の疑問点の一つの検討を殊更に回避する結果となっているといわなければならない。取り分け、B鑑定書は、偽筆であるならば筆継ぎ等が現れるものであるが、本件遺言状の文字に偽筆の形跡はみられなかったとの意見を記載しているが、本件遺言状には、8か所に記載されている本件誤字のうち、2番目、4番目、5番目及び6番目という4か所の「まだれ」に筆継ぎと思われる部分が存すると認められるのであり、それにもかかわらず、B鑑定書は、本件遺言書2行目に存する1文字のみを検討対象としそれ以下に繰り返し現れる多数の同一文字を無視することで、上記筆継ぎの問題を全く看過したものとなっているのであるから、到底採用できないといわざるを得ない。

ウ C鑑定書は、その一般論においては、上記のとおり筆跡個性の恒常性の重要性を強調し、筆跡鑑定はこの恒常性等を踏まえて筆跡個性を特定することからスタートする、作為筆跡の場合は筆跡個性が安定しない等の特徴が出やすい、筆跡鑑定は一般に気が付かないような微細な筆跡個性や運筆に着目して、綿密な検討を行うことが重要である、対象となる人物の筆跡を模倣しようとした偽造筆跡の場合は、字形は類似するのが当然であり、資料同士が似ているかどうかを比較する類似分析の手法では、書き手の異同の判断を誤る可能性が高く、偽造筆跡に対抗することが困難である、などと指摘しているところ、これらの指摘自体は、筆跡鑑定の一般的な見解であり、首肯できるものといえる。ところが、C鑑定書は、実際の本件遺言書の検討に当たっては、そもそも筆跡個性を的確に特定していない上、上記で作為筆跡の特徴であるとした筆跡個性が安定しないという特徴が本件遺言書中に顕著にみられるにもかかわらず、これを「個人内変動がやや激しい」と表現しただけで、その一部のみを取り上げてそれが対照資料と「類似」していることを根拠として、同一人による筆跡であると認められるとしているのであるから、これでは書き手の異同の判断を誤る可能性が高いと自らが批判している「類似分析の手法」そのものであり、自らが指摘した一般的見解と実際の検討内容とが整合していないとの批判を免れない。

エ そして、本件遺言書中の本件3文字について対照資料(上記のとおり、写しであったり不自然な上書きであったりするために対照資料とすべきではないと認められる本件書面7及び8を除く。以下同じ。)と比較して検討しても、そのうち本件誤字は、そもそも対照資料中には存しないのであるから論外として、他の2文字についてみても、顕著な相違点として、「松」の字については、対照資料の全てにおいて、第3画が第2画と接さず第1画と第2画の交差部より左方から起筆されているのに対し、本件遺言書では、10字のうち1番目を除く全てにおいて、第3画が第1画と接さず第1画と第2画の交差部より下方から起筆されていること、「村」の字については、第6画の終筆部が、対照資料では全ての文字ではねる運筆で書かれているのに対し、本件遺言書では10字のうち5番目を除く全てにおいてとめる運筆で書かれていること等が指摘できるのであり、さらに、比較的細かな相違点は、「松」の第2画の起筆部の形状及び終筆部の運筆や、「村」の第1画の長さ及び文字全体の形状等、枚挙に暇がないところであって、こうした筆跡の対照からも、亡父が本件遺言書を自書したと認めることには重大な疑問を抱かざるを得ない。…