判例紹介:相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」にあたらないとした事例(最判平成29年1月31日判時1669号1頁)

事例の概要

 被上告人X1は亡Aの長女であり,被上告人X2はAの二女である。上告人Yは,平成23年に,Aの長男であるBとその妻であるCとの間の長男として出生した者である。Aの妻は,平成24年3月に死亡している。
 Aは,平成24年4月ころ,BC及び上告人Yと共にAの自宅を訪れた税理士等から,上告人YをAの養子とした場合に遺産に係る基礎控除額が増えることなどによる相続税の節税効果がある旨の説明を受けた。その後,養子となる上告人Yの親権者としてB及びC,並びに養親となる者としてAが養子縁組届書を作成し,平成24年5月に世田谷区長に提出した。
 これに対し,被上告人Xらが,上告人Yに対して,本件養子縁組は縁組をする意思を欠くものであると主張して,その無効確認を求める訴訟を申し立てた。原審(東京高裁)は,本件養子縁組は専ら相続税の節税のためにされたものであるとした上,このような場合は民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとして,被上告人Xらの請求を認容した(養子縁組が無効であると判断した)。そのため,上告人Xが原審の判断を不服として最高裁に上告をしたのが本件事案である。

判決の要旨

 最高裁は,原審の判断を覆し,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできないと判示した。

弁護士コメント

 養子は,血縁ではなく,意思によって親子関係を発生させる制度である。養子制度は古い歴史を持っており,古代ローマでは祭祀承継・家の承継のために養子が広く行われていた。その後,中世においてキリスト教の影響により祖先崇拝の伝統が弱まり,自然的血縁が尊重されるようになる。養子制度は社会的機能を喪失し,19世紀に制定されたフランス民法やドイツ民法には養子制度があったものの,その存在理由は曖昧であった。ところが,19世紀中ごろから,「子どものための養子」という考え方が現れ,貧困家族の大量移民という背景を有するアメリカで発展することになる(1851年にマサチューセッツ州で,恵まれない子の福祉のための養子制度ができる)。ヨーロッパでも,第一次世界大戦後の孤児・婚外子の増加により,これらの児童を救済しようとする国際的な関心が高まり,新しい養子制度の動きが世界的に広まっていった。
 日本では,ヨーロッパとは異なり,古来から養子が普通に行われ,特に江戸時代には盛んに行われていた。そのため,明治民法が養子制度を導入したことは当然の流れであった。欧米諸国とは異なり,養子の目的は様々である。例えば,分家の設立のため,婚姻のために女子の家格を高めるため,家族労働力を補充するため,芸妓にするためなど。様々な目的に対応するため,明治民法の養子には確固とした目的が定められていなかった。恵まれない子どもの社会的養護という視点による養子制度は存在せず,その役割は児童養護施設などの施設が中心であった(日本財団ウェブサイト参照)。その影響は,現行民法の養子制度にも及んでおり,その特徴は,養子縁組が容易で,離縁も容易であり,その効果も嫡出子と同様の身分を得るにとどまるというものである。
 養子縁組の成立要件は,①縁組意思の合致と,②届出のみである(民法802条1号)。本件では,専ら相続税の節税のために孫と養子縁組をする場合に,民法802条1号の「縁組をする意思」を認めることができるか否かが問題となった。学説では,このような態様による養子縁組を有効とする見解が多いが(内田貴『民法IV 補訂版 親族・相続』有斐閣pp.247-254など),本事例以前には節税目的の養子の効力について判断をした最高裁の判決はなかった。

民法802条(縁組の無効)
縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
① 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
② 当事者が縁組の届出をしないとき。ただし、その届出が第799条において準用する第739条第2項に定める方式を欠くだけであるときは、縁組は、そのためにその効力を妨げられない。

 

 最高裁は,まず養子縁組制度について,「嫡出親子関係を創設するものであり,養子は養親の相続人となるところ,養子縁組をすることによる相続税の節税効果は,相続人の数が増加することに伴い,遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得る」とし,節税目的の養子縁組は,「このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得る」として,そのような場合に民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできないと判断した。
 現在の養子制度において,成人を養子とする場合の効果は扶養と相続に限られ,現実的にも節税目的の養子縁組は広く行われている。そのため,本件における最高裁の判断は妥当なものであると思われる。
 なお,相続税法においては,遺産に係る基礎控除額の算定にあたり考慮できる養子の数は,実子がいれば1人,実子がなくても2人までとされているため(同法15条2項),養子制度を利用した節税は無制限にできるわけではない。このような法令の存在も,最高裁の結論に影響を与えた可能性はある。

判決文の抜粋

…しかしながら、民法八〇二条一号の解釈に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 養子縁組は、嫡出親子関係を創設するものであり、養子は養親の相続人となるところ、養子縁組をすることによる相続税の節税効果は、相続人の数が増加することに伴い、遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。相続税の節税のために養子縁組をすることは、このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず、相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得るものである。したがって、専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法八〇二条一号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
 そして、前記事実関係の下においては、本件養子縁組について、縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はなく、「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
 以上によれば、被上告人らの請求を認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、被上告人らの請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人らの控訴を棄却すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。