判例紹介:民法上の配偶者が中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないとされた事例(令和3年3月25日最高裁判所第一小法廷)

事案の概要

本件は,Xが,母親Aの死亡に際し,独立行政法人勤労者退職金共済機構(Y)に中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約(Aの勤務先会社が締結していたもの)に基づく退職金の支払等を求めた事案である。

なお,Xは,退職金共済契約に基づく退職金と同様に,確定給付企業年金法所定の企業年金基金(Y2)に対して遺族給付金,出版厚生年金基金の権利義務を承継した者(Y3)に対し出版厚生年金基金の規約に基づく遺族一時金の支払いを求めていたが,この点については事案が複雑になるので割愛する(結論は同じ)。

中小企業退職金共済法において,退職金の最先順位の受給権者は「配偶者」と定められているが(中小企業退職金共済法14条1項1号等),Xは,Aとその民法上の配偶者であるCとが事実上の離婚状態にあったため,Cは本件退職金等の支給を受けるべき配偶者に該当せず,Xが次順位の受給権者として受給権を有すると主張した。

判旨

民法上の配偶者は,その婚姻関係が実態を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合,すなわち事実上の離婚状態にある場合には,中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない。

コメント

社会保険給付に関する法令の遺族給付の受給権者となる「配偶者」については,死亡した被保険者等がいわゆる「重婚的内縁関係」にある場合において,民法上の配偶者であってもその婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には受給権者となる配偶者に当たらないとの先例がある(昭和58年4月14日最高裁判所第一小法廷判決,平成17年4月21日最高裁判所第一小法廷判決民集216号597頁)。これに対して,本件は民事上の契約関係に基礎を置く中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約が問題となっており上記社会保険給付と同様の枠組みで考えることができるか,また重婚的内縁関係が存在しない場合にも民法上の配偶者の一部を遺族給付の受給権者となる「配偶者」から除外することができるかが争点となった。

この点について,本件は,中小企業退職金共済法所定の退職金共済が,遺族に対する社会保険給付と同様に,遺族の生活保障を主な目的としていることから,その受給権者となる法及び各規約における「配偶者」の意義については,社会保険給付に関する法令等における場合と同様に「家族関係の実体に即し,現実的な観点から理解すべき」であるとした。また,本件では,重婚的内縁関係の有無にかかわらず,民法上の配偶者の一部を遺族給付の受給権者となる「配偶者」から除外できるものと判断している。

様々な理由で法律上離婚せず,長期間別居生活を続けている夫婦は少なくない。今後の実務においては,いかなる場合をもって「事実上の離婚状態」と判断すべきかが問題になると思われる。本件では,別居後約17年が経過しており,Cから協議離婚を求める連絡があったもののAが離婚の意思を持ちつつ子の都合でそれを先延ばしにし,他方配偶者のCは婚姻費用を殆ど負担していないという事情が認定されている。これを参考にするのであれば,「事実上の離婚状態」の判断のためには,別居期間,離婚協議の経過,婚姻費用分担の有無等を総合的に考慮する必要がある。もっとも,別居期間がそれほど長期に及ばず,離婚協議はしているが,他方配偶者が婚姻費用をしっかり分担しているような事例では判断が分かれるかもしれない。

参考:「家庭の法と裁判」35号115頁

判決文抜粋

中小企業退職金共済法は、中小企業の従業員の福祉の増進等を目的とするところ(1条)、退職が死亡によるものである場合の退職金について、その支給を受ける遺族の範囲と順位の定めを置いており、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者を最先順位の遺族とした上で(14条1項1号、2項)、主として被共済者の収入によって生計を維持していたという事情のあった親族及びそのような事情のなかった親族の一部を順次後順位の遺族としている(同条1項2~4号、2項)。このように、上記遺族の範囲及び順位の定めは、被共済者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として、民法上の相続とは別の立場で受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば、上記退職金は、共済契約に基づいて支給されるものであるが、その受給権者である遺族の範囲は、社会保障的性格を有する公的給付の場合と同様に、家族関係の実態に即し、現実的な観点から理解すべきであって、上記遺族である配偶者については、死亡した者との関係において、互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和54年(行ツ)第109号同58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照)。そうすると、民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである。なお、このことは、民法上の配偶者のほかに事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が存するか否かによって左右されるものではない。…